【バロック期】過剰で強烈な明暗対比の作品、画家について解説します

こんにちは!絵描きの川原です。

 

アクリル絵の具で描いた作品

タイトル【CONTRAIL】

 

16世紀末のイタリアで始まり17世紀に西欧全体で大流行したバロックは、
『歪な真珠』を意味するポルトガル語『バロッコ』が語源となっています。

それまでは「ルネサンス様式」から派生したとして、
批判的な意味で使われていた言葉だったんですね。

バロック絵画を理解するには『過剰さ』『盛りすぎ感』がカギとなります。

バロック期とは

マニエリスム期の次の時代をバロック期といいます。

バロックは『歪んだ真珠』を意味します。
もちろんこの『真珠』とは『完璧な美をもつルネサンス期』のことです。

ルネサンス期の巨匠たちが偉大過ぎたので、
そのあとの画家たちは影響を受けざるを得なかったんですね!

バロック期の特徴は

①ダイナミックすぎる明暗対比
②劇的すぎる構図
③豊満すぎる肉体

となります。

前々回の北方ルネサンスの記事にも書いていますが、
この頃になると宗教改革が起こります。

①ローマカトリック協会が免罪符を売ってお金儲け。

②マルティン・ルターが教会の腐敗を訴え、宗教改革を起こして、
 プロテスタントが生まれる。

③信者がプロテスタントに流れて、ローマカトリック教会の信者が減る。

④ローマカトリック教会が対抗宗教改革を行う。

という時代のなかにあったのがバロック期でした。

バロックはイタリアからオランダ、スペイン、ベルギーへと広がりました。
カラヴァッジョやルーベンス、ベラスケスといった画家が誕生しました。

それではバロック期に活躍した画家についてお話していきます。

 

バロック期の画家たち

カラヴァッジョ

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ
(1571年9月29日‐1610年7月18日)

バロック絵画の先駆者は、イタリア人画家。
天才画家でありながら、殺人犯でもあります。

一般人をモデルに、理想化せず見たままを描くリアリズムで
19世紀の写実主義をも先取りした偉人です。

20歳でミラノからローマに出ると一躍人気画家になりますが、
グロテスクな画風をリアルに描いたり、娼婦をモデルに聖女を描くリアリズムには
賛否両論がありました。

毎晩、酒場で口論となり暴れて警察沙汰に。
しまいには、喧嘩相手を殺してしまい懸賞金をかけられイタリア各地を逃げ回ります。

その後、作品と引き換えに教皇の許しを請うのですが、
ようやく許しが出たあとすぐに野垂れ死にしてしまうのです。

カラヴァッジョは父親の出身地であるミラノ近郊の村の名前です。
本来の苗字は『メリージ』です。

 


【ホロフェルネスの首を切るユディト】1597年‐1600年
ローマ、バルベリーニ宮(国立古典絵画館)

 


【果物籠を持つ少年】1593年 ローマ、ボルゲーゼ美術館

 


カラヴァッジョの肖像画がデザインされた紙幣

 

ルーベンス

ピーテル・パウル・ルーベンス
(1577年6月28日‐1640年5月30日)

ルーベンスはフランドルの画家で外交官です。

語学力と社交性を生かして国内外に顧客を広げ、
どんな画題もダイナミックで鮮やかな色彩、劇的すぎる演出と豊満すぎる肉体表現で、
王宮や教会を飾りました。

様々な国の王族から注文が殺到するほどの人気がありました。
それほど人気があるとルーベンス一人で全ての工程をこなしていては間に合いません。
しかし、当時の画家の多くは工房を経営していました。

ルーベンスは絵の見せ場になる部分のみ、緻密に描き
それ以外は粗い筆跡を残すという仕上げだったんですね。

その代表作は『キリスト昇架』『キリスト降架』です。

 


【レウキッポスの娘たちの略奪】1617年‐18年 ミュンヘン アルテ・ピナコテーク

 


【三美神】1635年 マドリード プラド美術館

 

ベラスケス

ディエゴ・ロドリゲス・デ・シルバ・イ・ベラスケス
(1599年6月6日‐1660年8月6日)

ベラスケスはスペインの王室に仕えた宮廷画家です。
王族の肖像画を多く手掛けていて、顔の表情を描くのが非常に巧い画家でした。
40年もの間スペイン王室に仕えたベラスケスは、フェリペ4世とは友人のように親しくしていたと言われています。

当時のスペインは厳格なカトリック教国で、異教の神を描くのはタブーとなっていました。
しかし宮廷画家だったため、制作は自由にできたそうです。


【鏡のヴィーナス】1648年‐51年 ロンドン ナショナルギャラリー

 


【フェリペ4世】1653年  マドリード プラド美術館

 


【ラス・メニーナス】1656年 マドリード プラド美術館

 

レンブラント

レンブラント・ハルメンソーン・ファン・メイン
(1606年7月15日‐1669年10月4日)

レンブラントはバロック期で最も有名な画家のひとりです。

レンブラントの作品は深い闇と光で精神性を追及し、典型的なバロック絵画を描いていました。
『光の画家』『光と影の画家』の異名を持ち、油彩だけでなく複合技法による
銅版画やデッサンでも多くの作品を残しました。

若くして肖像画家として成功したレンブラントですが、歳を重ね晩年には私生活における浪費癖による金銭的苦難に喘いだ末、破産し孤独死してしまいました。


【ダビデ王の手紙を手にしたバテシバの沐浴】1654年 パリ ルーヴル美術館

 

【ベルシャザルの酒宴】1636年‐38年 ロンドン ナショナル・ギャラリー

 


【フローラに扮したサスキア】1634年 エルミタージュ美術館

 


【サスキア・ファン・アイレンブルフの肖像】1635年 ナショナル・ギャラリー

サスキア・ファン・アイレンブルフとはレンブラントの妻で29歳の若さで亡くなりました。
これを機にレンブラントの画家の人生は暗転していきます。

 

フェルメール

ヨハネス・フェルメール
(1632年10月31日‐1675年12月15日)

本名ヤン・ファン・デル・メール・ファン・デルフト

フェルメールもレンブラントと同じオランダの代表的な画家で、
風俗画の画家としても有名です。

風俗画とは庶民の何気ない日常のシーンを切り取った感じの絵です。

フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』は最も有名な作品で、
1665年頃に描かれたとされていて、『北方のモナ・リザ』といわれるほどです。

彼は日本でもっとも有名なバロック期の画家かもしれません。


【牛乳を注ぐ女】1658年‐60年 アムステルダム国立美術館

 


【真珠の耳飾りの女】1663年‐65年

 

まとめ

今回はバロック期についてお話してきました。

バロック期は『過剰』に躍動感溢れるダイナミックな構図、豊満な肉体、光と闇の共演が生む表現をした時代でした。

バロック期の特徴をまとめると

・激しすぎる光と闇の明暗対比
・劇的すぎる画面構成
・豊満すぎる肉体

となります。

次回はロココ美術についてお話していきます。

それでは次の記事でお会いしましょう!

ロココ美術とは?その特徴と 画家たち作品をわかりやすく解説します

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