パルミジャニーノってどんな画家?その生涯と代表作について解説します

 

 

アクリル絵の具で描いた作品

 

こんにちは絵描きの川原です。

今回はマニエリスム期の画家『パルミジャニーノ』についてお話していきます。

パルミジャニーノは、ミケランジェロやダ・ヴィンチなどルネサンス期の影響を受けました。
特にラファエロから最も影響を受けたとされています。

パルミジャニーノ自身、戦争やペストの影響でイタリア各地を転々としながら作品を制作しました。

それでは解説していきます。

 

 

パルミジャニーノってどんな画家?


パルミジャニーノ

本名:ジローラモ・フランチェスコ・マリア・マッツォーラ

生まれ:1503年1月11日‐1540年8月24日

出身:イタリア パルマ

活躍した場所:ローマ

代表作:『長い首の聖母』『アンテア』など

 

パルミジャニーノが2歳の時に、父親がペストで亡くなってしまいます。
その後叔父に引き取られ、叔父の手伝いをするようになりました。

 

叔父は芸術家だったため、パルミジャニーノは絵画を学ぶ機会を得ました。

 

1515年叔父のイラリーオはパルマの教会の内装を手掛け、12歳のパルミジャニーノはその作業を手伝い内装を完成させています。

 

1521年にはパルマはフランス軍と神聖ローマ帝国軍の戦場となり、
17歳のパルミジャニーノは、戦火を避けるためにイタリアのヴィアダーナに疎開します。
そこで2点のテンペラ画を完成させています。

 

1540年、パルミジャニーノは赤痢で死亡してしまいます。37歳という若さでした。

 

 


【バルディ祭壇画】1521年 サンタ・マリア教会

 

 

1524年には叔父のイラリーオとパルミジャニーノは、教皇クレメンス7世から依頼をもらうため3点の作品を持参しローマを訪れました。
自身の作品である『凸面鏡の自画像』を持っていき高い評価を得ました。

 

このことがきっかけでパルミジャニーノはローマで『ラファエロの再来』と言われるようになりました。

 


【凸面鏡の自画像】1523年‐1524年 ウィーン美術史美術館

 

 

 

長い首の聖母

 


【長い首の聖母】1534年‐39年頃 フィレンツェ ウフィツィ美術館

 

この作品はパルミジャニーノが亡くなる5年ほど前に描かれました。
マニエリスム期の中で最も優雅な作品のひとつで、聖母もイエスも洗礼者ヨハネもS字曲線です。

 

これはミケランジェロにならった『うねるマニエラ』で不自然に伸びた体がひねり出す蛇状S字曲線。あだ名は『パルマっ子』

 

ルネサンス期の絵画や古代ギリシャの彫刻は8頭身の『理想的なプロポーション』の人物をモチーフとしました。
ですが、マニエリスム期の作品はこれをさらに誇張した人物をモチーフとしています。

 

この絵画の作品は10頭身以上の長い首を持ち、現実離れした誇張されたプロポーションの女性が描かれています。

 

 

 

アンテア(貴婦人の肖像)

 


【アンテア】1531年‐34年 カポディモンテ美術館 ナポリ

 

この作品は、パルミジャニーノが晩年に制作した作品です。
晩年といってもこのときはまだ32歳。

 

この『アンテア』の女性は『首の長い聖母』のすぐ左隣によく似た女性の姿が描かれています。
髪の色こそ違いますが、顔の向きや表情がそっくりそのままです。

イタリア出身のパルミジャニーノがローマに滞在していた時に惹かれた女性で、
このアンテアという女性を描いたのでは?という説もあれば、
貴婦人とか実在しない理想の女性像だという説もあります。

 

この時代のイタリアでは、教養ある『高級娼婦』が社交界の華でした。
このアンテアもそのひとりでした。

 

左手の指を優雅に見せるため、人差し指や小指を軽く開いた状態で描く『マニエラ』がこの時代の流行です。

 

第二次世界大戦中、イタリアのモンテ・カッシーノに移され、そこを占領中にドイツ軍に盗まれてしまいます。
作品はベルリンに運ばれ、次はオーストリアに移されて、1945年にイタリアに戻りました。

 

 

 

作品集

 


【聖ヒエロニムスの幻視】1527年 ナショナルギャラリー

 

 

 


【薔薇の聖母】1530年 アルテ・マイスター絵画館

 

 

 


【トルコの奴隷】1532年 パルマ国立美術館

 

 

 


【ルクレティア】1540年 カポディモンテ美術館

 

 

 

まとめ

 

今回はマニエリスム期の画家『パルミジャニーノ』についてお話していきました。

 

パルミジャニーノの作品は独特の画風を持ち、幻想的な作品が多いです。
素晴らしい画力の持ち主だけに、37歳の若さで亡くなってしまうのは
残念でなりません。

 

今回はここまでにします。
次回はカラヴァッジョについてお話していきます。

また次の記事でお会いしましょう!